stumps

Gallery Stump Kamakura は、複数の美術家たちで運営しているアートスペースです。2006 年5 月に神奈川県鎌倉市にある一軒家を改築し、設立しました。スタート以来、展覧会活動などを通じて、世代や分野の垣根を超え、ものと人、人と人との交流の場として機能しています。2008年現在では運営するメンバーの数は10名に広がり、更に多様な方向を思索し邁進中です。

水曜日, 5月 30, 2007

鎌倉漂着 オープニング

「真美鳥 GLAGRA 鎌倉漂着」の初日を無事に迎えることができた。オープニングイベントではギャラリースペースに収まりきらないほどの大勢の来場者を相手に、真美鳥の岩永くん、そしてGLAGRA村田くん・横山くんの二人が盛り上がったステージを見せてくれた。
とにかくいろんな人が来ていて、全員とゆっくり話すのは難しかったけど、こんな果ての果て、鎌倉の奥地まで漂着してくださった皆さんに感謝しています。
クロージングイベント(真美鳥 & GLAGRA)ではオープニング(真美鳥 vs GLAGRA)とは趣向を変えて、真美鳥・GLAGRAのパフォーマンスを今度は同時に楽しめるというイベントになってる。順番にやってもあれだけ混沌としてたのに、今度は同時開催・・・。どうなるかは当日になってみないとわからないね。楽しみです。
クロージングは6月10日。皆さまお誘いあわせの上、今展の締めとなるコラボレーション・パフォーマンスを、どうぞ見届けにいらしてください。
(村山)

火曜日, 5月 29, 2007

あさってだ。

オープニングのことブログに書こうと思ってたらもう、クロージングだわ…。
オープニングは酸欠になりそうだった。楽しかったなあ。なんだかもうずっと前のことのよう。
岩永さんの音はふわふわやわらかい空気に包まれていて、GLAGRAはふたりが激しい格闘でひとつのかたまりになって、ちがう生き物みたいになってた。

あさっては真美鳥とGLAGRAの六人でどうなるのかな。楽しみだな。


(坂本)

土曜日, 5月 26, 2007

ベルリン ポーランド

ポーランドに行ってきた。徒歩で

ベルリンの東側まで電車で一時間、そのあと徒歩で15分。国境を徒歩で越えるのはもちろん初めてだったけど、特別な感覚もなくアッサリとポーランド入り。
ちょっと歩いただけで、言葉や通貨、建物の様子や、レストランで出てくる食事が違っておもしろい。

ポーランドは物価が安いので一緒に行った友達は、野菜や卵、スリッパなんかをたっぷり買い込んでいた。特に必要なかったけど、僕も一応お菓子とインスタント食品を。

今度は冬前に毛布を買いに行きたいなあ。

(熊谷)

搬入晴れ

明日から始まる展覧会の搬入と展示をこの間済ませた。とても良く晴れた日の午後。なんだかうららかな五月晴れに後押しされて、みんな楽しげ。

いよいよ始まるかぁ。
明日のイベントが楽しみだこと。
(村山)

木曜日, 5月 24, 2007

「友清ちさと 平行山脈パラレラマウンテンレンジ」


ずいぶんと旧聞となってしまったが、興味をもった展覧会の話しをひとつ。

 3月下旬に「友清ちさと 平行山脈パラレラマウンテンレンジ」を観に行く。会場場所は、JR橋本駅より徒歩約20分のところにある友清さんの自宅アパート。

会場に向かって歩いているあいだに、自宅アパートだからきっとお茶でも飲みながらゆったりとした環境で作品を眺めてお話しでもするのかな〜とよくあるパターンを想像しつつ会場に到着。
会場のアパートに着いたのはいいのだが、どの部屋で展覧会をしているのかわからずDMを見返してみる。
でもDMには部屋番号は書いていない。

しょうがないのでDMに書いてある携帯番号に電話してみると友清さんがでて、準備中だからもう少し待って下さい,準備が出来次第クリハラさんの携帯に電話をいれるので、そうしたら二階の○○○号室に入ってきて下さいとのこと。

ん〜これは何かあるな、なんか妙なことが起きそうな予感がしてきて10分くらい待っていると電話がかかってきたので、その指定された部屋のドアをノックすると、目を閉じている友清さんがあらわれ部屋にとおされた。

あたり前だが彼女はしっかりと目を閉じているので何も見えない。
だから手探りの状態で部屋の中を進んでいくしかない。

その彼女の後ろについていきながらキッチンから部屋に入ると、家財道具はいっさいなく、布を帯状に切ってつくられた長い紐が部屋の壁から壁に何本も横断し交差するよに張り巡らしてあった。

彼女はその紐を手探りでくぐり抜け部屋の畳の上に寝転がってしまった。

このアパートの一室のなかでは、畳の上に寝ている彼女とボクと二人しかいない。

なにか重たい空気が部屋の中に充満して空気の流れがピタッと止まっているような、いや反対に空虚感が立ちこめてる気がして、どうしようもなく手持ちぶたさで部屋のなかをグルグルと見渡すしかないのである。

部屋の中は紐が張り巡らしてあるだけではなく、壁にドローイングが貼られ、また壁にじかにドローイング的な線が描かれていたり、押し入れの襖が取り外され中に彼女の小作品(ドローイング、立体作品等)が設置されていて、それらを手持ちぶたさの状態で眺めながら、すぐそこで寝ている彼女をちらちら見つつ時間が刻々と流れていく。

これから何が起きるのか、いや何も起きないのかと思い巡らしていると、いきなり玄関のドアが開き、こんにちは〜ともう一人お客さんがやってきた。

でも彼女は寝たまま動こうとしない。

ボクの次に来たお客さんも寝ている彼女を見て戸惑っていた。
そして、ボクと同じように部屋の中をグルグルと見渡している。

ボクと彼女の二人きりの状態よりも、三人になった状態のほうが自分の身の置き場がわからなくなり、さっきよりも部屋の中の空気が薄くなっている気がして息苦しくなってきた。

そう思っていると急に彼女は起き上がり、目を閉じたまま手探り状態で布紐をくぐり抜けながら部屋の中を歩きはじめた。
そして、部屋のすみに置いてあるリュックに辿りつきその中からハサミを取り出し、部屋に張り巡らしている布紐をまた手探り状態でたどたどしく切っていくのである。

部屋の中は布紐の残骸が散らばり、彼女はそれを四つん這いなってかき集め、リュックの中に押し込み(ハサミも)、そして立ち上がりざまリュックを背負いベランダがある窓のほうに向かって歩き、そして窓を開けた。

窓が開けられて気づいたのだが、ベランダの柵には縄バシゴらしきものがかけられている。

彼女はベランダに出て、目を閉じたまま足下を確認しつつ縄バシゴを使って地上に降りようとしているのである。
あたり前だが目を閉じているのでフラフラと足下がおぼつかない。

本当に落ちてしまうんじゃないかとハラハラしてしまい、おもわず手を差しのべようとしたが思いとどまった。

彼女は命がけのパフォーマンスを今しているのだ。邪魔してはいけない。

そう思っている間に彼女はフラフラしながらもなんとか地上まで降りていった。
彼女は地上に降りたあといったい何処に行くのかとベランダから下をのぞいて確認したところ、何処かへ走っていってしまい、ボクの視界から消えてしまった。

彼女がいなくなった部屋の中でボクと後から来たお客さんは、言葉を交わすことなくボーっと立ち尽くしていた。

ただ窓が開け放されているところから心地よい風が入りこんできて、さっきまでの部屋の空気の薄さは無くなり、何か開放感みたいなものがそこにはあった。

そんな状況がどのくらいつづいたのかあまり覚えていないが、たぶん5、6分たったぐらいで彼女は玄関の扉を開けて白いすその長い白装束風の服にまとってあらわれ、部屋の中に入ってきた。

もちろんまだ目は閉じられた状態である。そしてリッュクの中から布紐も出し、さっき切ったはずの布紐を壁から壁へと交差するように張り始めたのである。

その布紐を張る行為が終わると彼女はベランダに向かい、またフラフラしながらもベランダの柵を越えて縄バシゴで地上に降りていってしまった。

彼女はたぶん再びこの部屋に戻ってくるに違いない。そう思いながらまた窓から入ってくる風にふかれていると、やはり彼女は再び玄関 の扉を開けて現れたのだ。(目はまだ閉じられている)

彼女は 部屋の中に入ってきてまた布紐を切り始め、そして布紐を切り終えると白装束風の服を脱ぎ(もともと着ていた服の上に白装束風の服を着ている)、ちらばった布紐、白装束風の服、ハサミをリュックに詰め込み、またリュックを背負ってベランダから縄バシゴをつたって地上に降りていったのである。

もしかしたらもう終わりかな〜と思っていると、彼女がまた玄関の扉を開けて部屋の中に入ってきて(ボクの記憶ではこの時点ではリュックはもう背負ってなかった)、畳の上に寝転がり動かなくなった。

それからどのくらいの時間が過ぎたのか、ずいぶんと長い時間彼女は動こうとしない。

もう一人のお客さんがしびれをきらしたのか、パフォーマンスは終わったと判断して玄関の扉を開けて帰ろうとした時、ありがとうございましたと彼女が起き上がってきたのである。そういうかたちで約一時間かけたパフォーマンスは終わったのだ。(たぶん実際に行われたパフォーマンスとボクの記憶とはかなり違いがあるような気がする)

 
 どうして友清さんのパフォーマンスの様子をここまで長く書く必要があるのか、自分自身も疑問を感じてきてしまったが、彼女のパフォーマンスに何故興味をひかれたのか確認するためにも、やはり必要だったのだ。

では、どういったところに興味をひかれたのかというと、それは「運動性から生まれる間(ま)」という一言につきる。

何を言ってるのかよくわからないと思うが、例えばあまり面白くないパフォーマンスというのは、自分の頭の中にあること(イメージ)をきっちり身体的に表そうするあまり(イメージに依存すること)、行為から行為へと移行するさいの意識の動きが固くなってなっていることが多い。

つまり、思考から次の思考に移る時に、そのあいだに間(ま)がなく、思考がつめつめになっているのである。

そうなると、パフォーマンスという行為が妙に説明的になってしまい、それは、ただ自分の頭の中でイメージを自慰的になぞっているにすぎない。
そういったパフォーマンスには、見る側にとってはなかなか入っていかれないものである。

しかし、友清さんのパフォーマンスはそうではなかった。

彼女は、パフォーマンスをおこなっているあいだ、約一時間最初から最後まで一貫して目を閉じ続けていた。(正確にいうとパフォーマンスの最後というのがよくわからない。何故なら帰り際に少しおしゃべりして、そしてボクが帰るのを見送ってくれた時も彼女はまだ目を閉じ続けていたからだ)

そうすることで、こういった体の動きをしようとか、こういったイメージで動こうと思っていた思考に揺らぎをもたせ、自分の思考の動きからどうしようもなく外れていき、もはや自分の意思で本当に動いているのかさえわからなくなるところまでいっている気がする。

目を閉じて寝転がっている時も、布紐をハサミで切っている時も、縄バシゴで地上に降りていく時も、地上から二階の自分の部屋にもどってくる時も、常に彼女は目を閉じ、そして自分の意思から外れていく自分を体現しているに違いない。

そこに「運動性から生まれる間(ま)」がつくられていくのだ。

彼女は目を閉じ続けることで、自分の思考の動きから外れていき、頭の中のイメージを自慰的なぞることをギリギリで回避させ、自然と(間)を生みだしているのである。

行為と行為、思考と思考のあいだがつめつめではなく、ゆったりとした間(ま)があれば、次の行為は前の行為より新鮮で違ったものになっているはずである。そこには開かれた広がりのある空間(世界)が生まれる。

誰も頭の中のイメージを自慰的なぞるような閉じられたものは見たいとは思わないだろう。

一応誤解されたくないので言っておくと、目を閉じれば間(ま)が生まれるというわけではない。友清さんだからできたのである。
彼女は常に現実の自分自身と向き合い、真剣に戦っているからこそ、彼女自身の間(ま)を生みだすことができ、また広がりのある世界を生み出すことができたのだ。

ちなみに、彼女はこのハードなパフォーマンスを八日間もおこなった。誰でもまねできるものではない。

自分なら目を閉じて動きまわるとしたら10分間ぐらいが限界かもしれない。
(イッセイ)

日曜日, 5月 20, 2007

痙攣

子供が夜泣くので慢性的な寝不足になっている、お陰で瞼が日中勝手に、ぴくぴくぴくぴく痙攣する、上瞼も下瞼も右目も左目も代わる代わるぴくぴくする、なんか面白い、自分で鏡でその瞬間をみれると嬉しい、微妙だけどぴくぴく勝手に動いてる、なんか面白いので誰かに見てほしいと思い「今動いた!みてみて!」と言って見てもらう瞬間、痙攣がとまるのは何故だ。(安永)

夏っぽい

今日は晴天。とても晴れ。
あまりの良い天気に起きてから、しばらくベランダにてぼーっとする。
久しぶりにぼーっと空を見てみると、雲がすっかり夏雲になってる。モコモコしてきてる。
早いなぁ。でも今は仮夏できっとすぐに梅雨が来る。それもそれで良いもんだ。いつになっても変わらないなぁ。
空に浮かぶ雲で一つ、サンダーバニー型の雲を発見。なんとなく嬉しい。
あぁ、ちぎれてく、ちぎれてく。
良いね。
(村山)

土曜日, 5月 19, 2007

靉光 デュマス 展

東京近美の靉光展と現美のデュマスを見に行ってきた。
靉光展は良い展覧会だったと思う。最近は美術館ってスペースに対してなんだかはっきりしない疑問を感じていたのだけれど、日本では、あぁいった自国の作家を定期的に再評価していくには、まとまった作品を展示するための美術館ていう囲い以外は考えられないかもな。個人的には大好きな作家とは言えないけれど、生誕100周年ということで、まさに様々な角度から楽しめる展覧会でした。夭折ってのもあるけれど、人一人の人生がまとまって見れる機会なんてそうあるもんじゃないんだし、当時の時代や環境や作家のことを想像しながら、ぼーっと見ても良いんじゃないかと思う。
あれ受け止めたいとは思わないけど、背負わされてるな、って思う。

んで、デュマスの方はどうでしょう。僕が会場で一番気になったのは、あの大部屋でのベンチと天井。(淡いグレーのガーゼによる梱包と天幕)視点としても仕事としてもあぁいった作業は好きだし、実際に成功していたんじゃないかと思う。でも同時にやっぱり絵画は非力なんだなぁとも少し思う。二階にあるデュマスのドキュメンタリー映像はおもしろくて、どこか古いお城に飾られるデュマスの絵画群を見てしまうと、その移動性をうたわれる絵画もなんだかんだ言って借景みたいなものなのかもなって思たりする。

とは言っても毎回のごとく絵を見にいくのは楽しいです。
村山

金曜日, 5月 18, 2007

あらいくんのおかげ。

こんにちは、むらおかさちこです。
stumpの新しいメンバーになりました。
皆様どうぞよろしくお願いします。
新井くんとは予備校時代からの付き合いですが、本当に彼はしっかりしていて、
同い年とは思えません。
このブログも彼のヘルプのおかげでこうして今書いています。
そういえばstumpの早生まれは皆頼もしいしっかりしたひとが多いようだな・・
ということで、自己の紹介には全くなっていませんが今回はこのへんで。
次回展覧会の「鎌倉漂着」が楽しみな、村岡佐知子でした。

月曜日, 5月 14, 2007

「鎌倉漂着」座談会ページ追加!

村山くんの5/12ブログで報告があった、真美鳥 GLAGRA 座談会の様子がHPに公開されました。会期中は会場でも無料配布される予定です。

漂着座談会(HPでは座談会の一部のみ抜粋)
http://www2.odn.ne.jp/stump/exhibition/mamidori_glagra/discussion.html


アライ

日曜日, 5月 13, 2007

誰似

息子はあまり自分に似ていない気がする、生まれたての頃はヒョードルに似てる気がしたけど、今は梅沢富美男に似てるような。。妻はヤマピーに似てると言ってる。そうなるといいな。(安永)

土曜日, 5月 12, 2007

鎌倉漂着 近況報告

5月26日から始まる展覧会「真美鳥 GLAGRA 鎌倉漂着」の企画の一部として、真美鳥の岩永くんとGLAGRAの村田くんの三人で海へ行ってきた。
この展示は「漂着」が一つのキーワードになっていて、DMにも記載されている「全世界がぶち壊され粉々になり もはや何であったかもわからないその破片が 今この鎌倉の地に漂着いたしました」って長いサブタイトルがつく。
日常やスタイル、記憶や感覚までもが粉々でバラバラな破片となって浮かび漂う中、自身に取り込まれる情報を無感覚に編集する技術だけを身につけて流動されていく僕ら。でも、もし芸術が時代の中もまれ、個人を通して研ぎ澄まされ結晶化するものならば、それはまさしく漂着物そのものだ。

ってわけで、つべこべ言う前に嘘をつかない体を動かさねば、というわけで実際の漂着物を目の当たりにするために、とにかく鎌倉の海へと向かった。
ところが当日はあいにくの雨。でも雨が降るたんびに毎回あいにくなんて言ってもられない。風吹きすさぶ雨の中、コンビニで雨合羽(上下)を買い求め、手にはゴミ袋(半透明)をしっかり握り、人気もなくいつもより少しだだっ広い鎌倉の海へ突入していった。
もう雨だろうが、風だろうが、雨合羽さえあればへっちゃらだ。チャラへっちゃらだ。雨合羽を来て、ゴミ袋にせっせと漂着物を入れていく僕らは、さぞ熱心なボランティアに映ったようで、時折すれ違う人々からは「ご苦労様です」なんて暖かい言葉もかけられる。でもそんな言葉もむなしく、僕らはゴミなどには目もくれず、せっせと自分の目に映る「なんであったかもわからないその破片」を喜々として収集してきた。この漂着物も展示の一端として会場に設置される。

その後スタンプに戻り、村山、岩永、村田に加え、GLAGRAの横山くん、うちのメンバーの高松、内山を加えて鍋をつつきながらの座談会へ。座談会は漂着をテーマに話を進め、それぞれの立ち位置から見た個人の制作と他者との波打ち際、そこで生まれる漂着物としての作品のあり方について、延々と繰り広げられる馬鹿話も含みつつの充実した内容になった。この座談会の様子は展覧会当日に会場にて無料配布する予定。
村山

金曜日, 5月 11, 2007

にんじゃがとんできて

ちいさいころ忍者の修行をしにいく夢をよくみていたな。

とふと思い出しました。
わりと何回もみていた。
むかし住んでいた家のうらは山になっていて、春はたけのこほりにでかけました。
その山はこどもたちの遊び場だったから、夢にもよくでてきたのです。

家のうらの山のてっぺんに神社みたいな道場があって、そこで修行するんだけども、なぜかすぐに追い出されるシーンにかわる。しかも先生たち怒ってて、たくさんの忍者や天狗もまじってすごい速さで追いかけてくる!きゃああー

でもあたしも多少修行しただけあって、すごいジャンプ力!鹿のようにぴょんぴょんとんで逃げて、やっと家についたかと思ったら、場面がまた一気にかわって、ぱーんとひらけた場所。江ノ電の線路わきにある木でできた白い柵の上にのって広い海をみている。だれもいない。
それであたし初夏のきらきらした海辺をながめながら

「ああ、あったかいな」

って思いながら目が覚める。


(坂本)

連休明け

GWを9日間ももらいました。そのツケで今週は仕事中眠くて眠くてしょうがない。気付くと4種類のやりっ放しの仕事が机の上で散らばっていたり飲み途中のお茶や水が3つ置いてあったりと集中力の欠片もない状態です。そんな中ふと窓の外を見たら連休前と景色がかなり変わっていました。連休前は手前に見える木がまだ若葉色でその隙間からお堀の淵に咲いている白と赤の花の塊が覗いててとても綺麗だった。それが連休明けに窓の外を見たら一面濃い緑に変わっていました。どっちがイイとかはないけど、たった9日でこんなにも季節が変わるものとは。感動じゃなくて少し怖かった。(高松)

日曜日, 5月 06, 2007

ベルリン 同級生 アッカーマン

先日、芸大の同級生と久しぶりに再会した。彼女がずいぶん前からドイツに留学していることは知っていたんだけど、連絡先もどこの町に住んでるのかも知らなかった。けど最近俺が大学のメーリングリストに流した「ベルリンにしばらくいます」というメールを見て彼女から連絡をくれた、感謝感謝。

ほんと2,3年ぶりの会話。というか、同級生時代は実はそんなに話す機会もなかったので、この日、初めてたくさん会話した感じ。

彼女は普段はカールスルーエという、ベルリンからは電車で4~5時間かかるところにある大学に在籍しているんだけど、指導教授の個展があるためにべりリンに3日ほど滞在するとのこと。
食事しながらお互いの近況や、ここ何年間かの生活ぶりなんかを話したり作品ファイルを見せあったりしてるうちに、夕方近くなってきたので、彼女の指導教授の展示を見に行った。教授の名前はフランツ アッカーマンといって、去年森ビルで開催された「東京-ベルリン/ベルリン-東京展」にも出品していた有名アーティストで、会ってみると、大きな体に髭のにこやかな人。

展示は大小のペインティング、ギャラリーの壁に鉛筆や絵の具で直接描かれた抽象的なペインティング、表面にペインティングが施されたいくつかの立体作品で構成されていた。使われている鮮やかな色と、描かれている密度、というか熱量が上下左右、自分の周りで何か言ってる感じ。
後から聞いた話ではアッカーマンさんは旅をしてから制作をするらしいのだが、この作品はどこの国を旅してから作ったんだろう。

展示を見た後、天気が良かったので、散歩も兼ね道に少し迷いながらも、フラフラといくつかのギャラリーをまわった。

そして夕食は少し郊外にあるアッカーマンさんのアトリエへ。

うちの最寄駅からトラムという路面電車のようなのに揺られ約20分で到着、、、してみるとアッカーマンさんは夢中で一人サッカーに興じていた。なんか作品もそうだったけど、すごい元気。
まあ、それはさておき、アトリエはとにかく広くて、周りも静か。制作するにはとても良い環境。

この日は帰りのトラムが夜あんまり走ってなかったので、食事をして少し話して、わりとすぐ帰ってきた。うちから近いしまた行ける機会があるといいんだけど。

それにしても、ドイツ人と話すたびに毎回 「早くドイツ語を話せるようになりたい!というかならなきゃなあ」 と思う。相手の言ってることがわからなかったり、自分の言いたいことが言えなかったり、もったいないし、歯がゆい歯がゆい。


(熊谷)

土曜日, 5月 05, 2007

あおじる

青汁を生まれてはじめて飲んだ、蒸れ、腐ったキャベツ畑の味がした。不味いんでも苦いのでもなく、臭いんですね。(安永)

金曜日, 5月 04, 2007

ベルリン アーティスト ベトナム 美術館 サッカー

昨日は最近知り合った友達の紹介でベルリン在住4年目の日本人アーティストの人のアトリエを見に行った。その人はムサビ出身の人で主に立体作品を制作している。アトリエ、(というかスタジオと言った方がピッタリくるかな)はベルリンの少し東よりにあって、昔の何かの工場を改造したかなり広いスペース。何人かのアーティストで共同で使っていらしく、昨日も数人のドイツ人らしき人達が熱心に何かの作業をしていた。

その人は来月に展示を控えていて、忙しそうだったのであんまり長い時間は話せなかったけど、ベルリンでのアーティスト活動のことや、スタジオを一緒に使っている他のアーティストの話なんかを少し聞いたりできた。

その後、俺も友達(この人はヤマグチさんという)も特に予定もなかったのでヤマグチさんのよく行くという安いベトナム料理の店でご飯を食べ、木曜は6時から国立の美術館に無料で入れるのでボーデ美術館へ。

ベトナム料理屋でビールを飲んだからなのか、毎週無料で見れるという安心からくる緊張感の無さなのかはわからないけど、急に襲ってきた眠気と闘いながら、大量の美術品(おもに聖書の話にかかわる立体作品)をみた。

ところでほんとに最近知り合ったばかりだったからあんまり知らなかったんだけど、このヤマグチさん、海外にまでサッカー見に行っちゃうくらいのサッカー好き。昔のJリーグのこととか、日本代表のマニアックな予選試合のこととかまで記憶しててサッカー話をしてるとたまに詳しすぎて笑っちゃう。

ということで最後はアイリッシュパブでサッカー観戦。

昨日の試合はUEFA杯準決勝、ドイツのクラブチーム、ヴェルダー・ブレーメンVSスペインのクラブチーム、エスパニョール

ブレーメンが先取点を取って盛り上がってきたところで、ヴェルダー・ブレーメンのエースストライカー、クローゼがイエローカードを2枚もらい退場。

結局、その後、逆転されてヴェルダー・ブレーメンの完敗。

最後は店のお客さん達あんまりサッカー見てなかった。

まあでも、点取られた時の悲鳴とか、いかにもヨーロッパ人、て感じで面白かった。


目標  近いうちにスタジアムでサッカー観戦


(熊谷)

水曜日, 5月 02, 2007

ベルリン チャリ

先日、語学学校のクラスメート数人と夕食を食べた帰り道、歩道横の自転車用道路にクラスメート達が少しはみ出して歩いていると、前方から自電車に乗った若い女性がかなりのスピードで走ってきた。クラスメート達が気付かずにそのまま歩いていると、そのままのスピードで何か怒鳴りながら突っ込んできた。間一髪クラスメート達がよけることができたので事故にはならなかったけど、、、かなり危険。
まあ、確かに自転車用道路にはみ出していたこちらが悪いし、向こうは自転車で自転車用道路を走っていただけだから悪くないんだけど、それにしてもあんなスピードで突っ込んでくるとは。

これが日本だったら、文句言うにしても少しスピード緩めるとか、ベル鳴らすとか、しょうがなく自転車がよけるとかしそうなもんだけど。あの女性は自分に非がなかったら、妥協一切なし!事故になったらそっちが悪いんだ!と言わんばかり。(あのままぶつかったら、お互い大怪我してしばらく文句言うどころじゃなくなりそうだったけど)

自転車のってるドイツ人全てがああではないだろうけど、今後自転車用道路には気をつけよう。


(熊谷)

解消

世間はゴールデンウィークだっていうのに、仕事がたまっていてストレスもたまる。無茶を承知で強行。友人を誘ってカラオケへ行く。
スタートから岡林信康「くそくらえ節」を熱唱。頭も体もすっきりしたら、作業もはかどりました。

♪くそくらえったらしんじまえぇ こきゃーがったなこのやろー♪
(村山)

火曜日, 5月 01, 2007

菊地容作展のお知らせ

2007年の展覧会第2弾、菊地容作展「アン・マンマリアン」を6/30(土)〜7/15(日)の会期で開催いたします。

菊地容作展 「アン・マンマリアン」
会期:2007年6月30日(土) 〜7月15日(日) ※木金土日のみオープン
開場時間:13時〜20時
入場料:無料
オープニングイヴェント:6月30日(土) 17時より
            *パフォーマンスライブ
クロージングイベント :7月15日(日) 17時より
            *パフォーマンスライブ

詳細は下記ページをご覧ください。↓
http://www2.odn.ne.jp/stump/exhibition/kikuchi/



また、 「真美鳥 GLAGRA 鎌倉漂着」展の作家紹介ページに画像が追加されました。↓
http://www2.odn.ne.jp/stump/mamidori_glagra/biography.html


2つの展覧会では共にオープニング・クロージングイヴェントとしてパフォーマンスライブがご覧いただけます。日時をご確認の上、Gallery Stump Kamakuraまでお越しくださいませ。
(新井)

OIL

ガソリンの価格が上がる。おいおいる。

雨が降ってる。     シトシトロ¥
地球が怒ってる。    プリプリウス
音楽をかける。     ジャカジャガー
朝一の一服       くらくらウン  ←これ気に入ってる。
電話しよう       ピポパサート
チャーリーやらMCやら大魔神やら   くるしいの分かるでしょ



雲が        もこモコ
 まぁ       まーち
ピアッツァ食べたい。     くるしいの分かるでしょう

  旭先生には頼らんぞ。       うーん。  

                     (内山)