stumps

Gallery Stump Kamakura は、複数の美術家たちで運営しているアートスペースです。2006 年5 月に神奈川県鎌倉市にある一軒家を改築し、設立しました。スタート以来、展覧会活動などを通じて、世代や分野の垣根を超え、ものと人、人と人との交流の場として機能しています。2008年現在では運営するメンバーの数は10名に広がり、更に多様な方向を思索し邁進中です。

月曜日, 7月 30, 2007

カミナリサマ

すごい雷。落ちまくってるでしょ、これ。でもどこに落ちてるんだろ?きのうも今日も空がぴかぴかひかっってすごいい音がついてくる。あーでもかっこいいなあこの音と光の二重奏がとか思ってると、メガネのフレームに落ちてきそうで恐いよー。

(坂本)

安永家参拝

昨日は大変な大雨そして雷ついでに停電。
やらなきゃいけない作業ができないので、車で隣町の安永家へ遊びに行く。

停電の夜の町は楽しい。
電灯も信号も全部真っ暗。
救急車やパトカーがひっきりなしに走って、赤い明かりとサイレンが響く。

安永家へ行った目的はやっぱり息子を拝むこと。

安永太郎との付き合いはstumpを始める随分前からで、もうなんだかんだ言って10年くらいになるかな。
ずっと見てきたけど、いつの間にかとんでもないものを築きあげていたんですね。
すげーや。

そんなわけで初お目見えした赤ちゃんは、やっぱり生まれたてのような形態をしていて、その眼は世界を飲み込む気満々に見えた。

良いもんだな。

いや本当に良いもんだ。






















良いもの拝ませてもらいました。
(村山)

日曜日, 7月 29, 2007

「忘れる状態』

  先日のアジア杯サッカー、三位決定戦。日本ー韓国をテレビでみた。

見ていて不思議な気分になって。いろいろ思い出した事を意味もなく書きたい。

 
 スポーツは基本的に得点を競うものだ。戦争は相手の領土を支配するもの。

隠れてはいるが共通するのは相手の生活を侵害して、自分が精神的にも財産的にも優位になる事。

ホームランを打てば、打たれた選手が存在する。勝利チームの影に負けた人達がいる。

 

実際、野球などは戦争を意識した構造になっている。ホームに生還した兵士という設定なのだ。


 昔、「グランドに金が埋まっている」と言ったプロ野球の監督がいたが、
気持ちいいくらい簡単でわかりやすい。しかし相手がいる以上それは金を取られた選手がいて通る理屈である。
 でも土地に金が埋まってるという相手なしの表現。
「あの選手から金を奪え!あいつの生活をを侵害しろ!」とは言わないのだ。

 オランダのナショナルサッカーチームはサッカーグランドを俯瞰画面として捉え、そこを描くパスの線が美しい事を勝敗以上に重要視する。ボールを止めないダイレクトの長短のパスはリズミカルで美しい。
 面白いのは負けても美しければ「良し」なのだ。それでも強いのだが、ワールドカップは一度も制してない。
ナショナルチームレベルでの話である事が驚きである。

 アマチュアの話ではあるが、日本では甲子園で負けた高校をクローズアップする。「負けは美しい」
特攻隊の青年が「お母さん」と叫んで突入していった事。
人生の儚さなどを敗戦の夏という事も相まって重ねてしまうのだろうか?
 選手は負けても良いなんて絶対思ってないと思いますが、、、

 監督に、試合に負けてグランドを罰走させられた事は何度もある。「罰走があるから勝とう」となってる事もあった気がする。
 

むちゃくちゃな話になってきて申し訳ないが、

 何かを目的にする際、それと違った間接的な目標が必要となる。それが瞬間の出来事に集中するために必要なのだろうし、またチームワークが生む「責任」やスポーツの「根源」を一瞬でも擬似的に「忘れる状態」を作りだす事なのだろう。
 戦争で言えば「大義」なのであろうか?

 個人的な話だが制作をする際も、別に「よーし!いい作品をつくってやろう!」なんてあまり考えない。それよりも何か別の制約、ルール、仮説を自分で課して行う事が多い。もともと責任などないが、人間そう巧くもいかないのです。


 すごーく話が反れてきまして、話を昨日のサッカーに戻します。

 日本はオシム監督が標榜する「考えて走るサッカー」を表現していると思いました。
しかし、別に「考えて走るサッカー」を競ってはいないのです。
 

 スポーツの持つ根源につなげられなかった。きっと忘れちゃったのね。結果、負けた事よりも得点をとることからすごーく遠かったなぁ。内容はすごーく良かったんだけどさぁ。勝ち負け抜きでさ。

 あ、いけね。
 
                                        (内山)






 

 

土曜日, 7月 28, 2007

能登半島 輪島 やなぎだ村 

石川県の能登半島に行ってきました。先生と先生の奥さんとお弟子さんと大学の友達と。先生は家具作家(家具職人)さんで、毎年のようにお友達を訪ねに能登にきていらっしゃいます。今回はひょんなことから同行させてもらえることになりました。

夜行バスで金沢につき、車で来た先生たちと合流して輪島へ。漆器作家の福田敏雄さん宅へ到着して水着に着替えて海の岩場ですもぐり。なんとかっていう貝をすこし獲っただけで、わたしはほとんど海にダイブして遊んでました。その間に福田さんがいろんなの獲ってくれてそれ持ち帰って、料理、宴!えんかーい!
そのまま泊まって次の日。福田さん夫婦と別れ、奥能登へ。先生の友達の名古屋の宮大工さんが加わって、さらににっぎやかに。今度は遠浅のきれーーな海に行って泳ぎました。海藻もほとんどない砂浜でブイまでみんな泳いであたしは途中で死にそうになったけど、前に泳いでる宮大工さんに助けてって言う前に大丈夫?って聞かれたから反射的に大丈夫!って応えちゃって強がってなんとか持ちこたえれた。


ってどんどん話してくときりがないな。でもこっから先は話しても伝わらないようなすごい体験をした。
経験をしたというよりは先生のまわりの人たちの、ひとつの違った世界の在り方を目の当たりにしたというか。
とにかくみんなかっこいい。すてき。すてきー!
こういうすごい世界があるんだー…って。
おいしいたべもの、水、空気があって、田んぼ、山、家、海、空、人がほんとにすばらしいバランスで生きてるんだって。かっこいいなあって思った。
そのなかでつくられていくものっていうのは。。また全然違った、とくべつなものだー。
都心近くのぐおおおーって速さでたくさんのひとたちがぐるぐる回るような場所でつくられる、変な、奇妙な世界も、あるけど。


でもみんなぐうううってまんなかに行くんだな。ぐぐぐぐってもぐってくんだなあ。まんなかあたりに。
それぞれがぜんぜんちがった世界が、、、あーー。よくわかんないけど。


一生かかっても見れなかったかもしれなっかった。すごいラッキーだ。幸せだ。
一生かかってもあんな友達はつくれないかもしれない。
先生は六十くらいだけど、どきどきしてくる。あんなふうになれるかな。なんか、ほんとに、あうー。すごいひとたちがいるんだ。
大学入ってどんどん世界がひろがっていく。


宮大工さんとも仲良くなれてよかった。今度鎌倉に仕事に来るらしく、また会えそうなのでうれしい。


(坂本)

水曜日, 7月 25, 2007

パンツ台風

なんのきなしに息子四ヶ月に向かって、
『パンツ台風〜!』
と奇声をあげて、洗濯したパンツで、おもいっきり顔を扇いだら、めっちゃくちゃ爆笑しだした!
調子に乗って、
パンツ台風〜パンツ台風〜〜パンツ台風〜っ
連呼した。
ケラケラケラケラ笑う笑う。息がとまりそうなほど笑ってくれる。
最初はすごく嬉しかったけど、ずっと笑うから、ずっとパンツ台風言ってたら、なんか疲れてきてやめました。
前ブログで書いていらい、ほとんど笑ってなかったから(笑ったのは、電車で身しらぬ六十代くらいの女性の顔をみて、いきなり笑いだしたくらい)笑いの壺をやっと発見出来てうれしい。

(安永)

火曜日, 7月 24, 2007

岡崎乾二郎展 ZERO THUMBNAIL

ちょっと前の話だけど、岡崎乾二郎の個展を吉祥寺のA-thingsへ見に行った。
見に行ったんだけど、まだ見てないというか・・・。
この個展、期間中に作品の総入れ替えがあり、僕が行ったのはちょっと前だから前半展。今は後半展が開催中。

今回の展示は0号かサムホールほどのサイズのみで構成されてる。要するに、ちいちゃい。
ナイフやハケなら2・3回左右に振れば全面を絵具で覆えるほどの大きさだ。最小限のアクションで最大限に効果を引き出す感覚が気持ち良い。

もちろん言い出したらキリないほどの読み込みが可能なんだろうけど、別に難解とか思わない。
それ以上に気持ち良い。

吉祥寺に通うようなオシャレな若者がふらっと寄ってみたら何も考えず「かわいー!」とか思うんじゃないだろうか。

思うと思うけどなぁ。

後半展も見にいこっと。
(村山)

月曜日, 7月 23, 2007

まんが。

今すごく変な渦があるひとつの漫画によって起こっている。
それは以前、Stumpの村山さんのブログでも紹介されていた、「鈴木先生」という漫画。
あらすじをいってしまえばなんてことないのかもしれないんだけど、もう本当に苦しい。
読んでいてぐらぐら眩暈もする。

そしておかしいのが、先に3巻までいってるひとを先頭に、読むペースをお互いに制限しあっている私たちのこの状態。
「ここまでいったらもう今日はダメになるからやめといたほうがいい」
言われて怯えてやめるけど、心の中で静かな声が、ずっとつぶやいている。

「・・・読みたい」

で手を伸ばして、ページをひらいて、はっと我に返ってやめる。
すごい漫画である。
とりあえず私は3巻の途中の少し落ち着いたところで止まっている。
あと少しを、早く読みたい・・・・
ような読みたくないような。

(むらおか)

金曜日, 7月 20, 2007

ベルリン 新居

最近ベルリンの天気がやっと夏らしくなってきた。先週までは長そでに薄手のコートきたりしてたけど、ホントにやっと夏が来た!今週からやっと半そで。

そんな中先日やっと新居決定。 これで来月から路頭に迷わなくてすむ。一安心。

(熊谷)

いいなぁ夏休み

 明日から学生達は夏休み。小学生の頃の7月20日は凄まじい開放感だった事を記憶している。
逆に8月20日頃からはあと数日でこの世の終わりのような閉塞感、いや絶望感だった。
 基本的に学校は時間割があり予定された事をやっている。一方夏休みは食事以外は特に何もない。

 だから奇麗な蝶が傍を飛べばそれを追う事にするし、木があれば登るしみたいな、
「その場その場の事件性」や「誰が一番か」というゲーム性が大切だった。事前に決める能力がなかったのか?
僕の実家付近は工場やそれに伴った倉庫と住宅が半半で存在する地域。倉庫や工場に忍び込んで遊んだ。

 南京錠で止めてある大きな扉はレールが腐っていることを知ってるから、子供の力でも手前に引けば持ち上がり、頭ぎりぎり通る
隙間を作り簡単に入れた。

 自動車のボディパーツが木枠に固定されて暗闇に積み上げられていた。塗装はされてなくてみんな真っ黒のボディだったような気がする。
夏の倉庫内はとても暑く30分もいなかったが、「見つかったらまずい」という緊張感と圧倒的な広さの中の膨大な量の自動車パーツ
にドキドキしていた。
 埃がすごくてボディに小さな足跡をつけてよじ登っていった。
扉が修理されて入れなくなるまで何年にわたって、思いついては行って意味なく登って遊んだ。


こないだ、たまたま通ったらその倉庫の荷の入れ替えをしていた。今は膨大な量のパチンコ台になってるみたいだ。

あれは登れないな。カラフルだな、なんて思った。

あの開放感よ再び!!

                                  (内山)


 









 

 

木曜日, 7月 19, 2007

菊地展クロージング と もろもろ

菊地展アンマンマリマンが終わったー。

台風過ぎ行く曇天の中、菊地くん本人は至って木訥としていながらもパフォーマンスは少し奇っ怪で、儀式のように静かに執り行われた。

行って帰る作家を見守る僕らも取り込まれた劇場な鎌倉の山中に浮かぶベランダと小屋。曇天。小雨。日没。点灯。暗。



来月から始まる原展では、stumpはどんな空間に変わるんだか。原さんも最近調子良さそうなので楽しみ。

年内にはメンバーの展示も控えてるので、それもね。



ところで今月のBTにstumpが出ています。
白坂ゆりさんが4つの新しいスペースを取り上げ、アートスペースの新しい方向性についてまとめてくださっています。良い文。
小さくメンバーの写真も載っているのでもし良かったら見てみてください。

それにしても他のギャラリーはなんか写真格好良いんだが、うちはなんだか本当に集合写真で。。
まぁ楽しそうだからいいか。
うん。
(村山)

火曜日, 7月 17, 2007

台風一過 クロージング

たいひゅー直撃!と騒いでたわりに、雨はそんなに降らず。一日降ったりやんだりだった。
パフォーマンスがはじまる直前に丁度雨はやみ、曇天の中菊地さんが現れた。菊地さんの意図なんじゃないかと思うほどの、空と気温。菊地さんがつくりだす空気とぴったりで、すごくよかった。菊地さんが残していった空気が自分の中に溶けこんだようでした。

雨の中来て下さった方々、菊地さん、ほんとうにありがとうございました。今回もまた、いろいろな人に出会えてすごーい楽しかったにゃああ。


次は8月11日からはじまる原さんの展示です!みなさま是非来て下さい!

(坂本)

月曜日, 7月 16, 2007

うっかりさん

 アルバイト先で久しぶりにナナフシに出会った。切った枝にいたみたいで、落ちて地面を歩いてた。地面は歩きにくいみたいでヨタヨタしてた。木に逃がしてやったらシャキッとして逃げて行った。

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 こいつは枝かと思ったら、じつは芋虫。危うくはさみで切るところだった。
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 こいつは牛。豚も混ざってる?段ボールも?
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 こいつは枝。見た時にすでにこの状態でした。

「うっかりさん」や、「しっかりさん」様々いますね。  僕はおそらく前者。   よよいのよい。。。(内山)

土曜日, 7月 14, 2007

明日15日「菊地容作 アンマンマリアン」 クロージング パフォーマンスライブ

明日15日は、Gallery Stump Kamakura企画展「菊地容作 アンマンマリアン」の最終日になります。

また最終日当日は、下記の時間よりクロージングイベントとして菊地容作によるパフォーマンスライブをおこないます。


*7月15日(日)19時〜 菊地容作によるパフォーマンスライブ
(天候関係なくパフォーマンスライブはおこなわれます)

この日鎌倉の地で、二度と体験できない出来事が必ずおこります!!

皆様お誘い合わせのうえ是非ともGallery Stump Kamakuraにお越し下さい。
心よりお待ちしております!!


(イッセイ)

岡本太郎

最低なバスの運転手に出会い、腹を立てながら歩いている。ふと足もと を見下ろすと、車にひかれた亀の死骸。甲羅はまっぷたつに割れ、なかの血肉がはみだし血がアメーバのかたちにしみ出している。うわぁ。もうおえー。。。あめあがりの生温 い空気の中、なんともいえない気持ちだった。家についてドアをあけると、おかえりーという父母の声。、、ひとりだったらやばかったな。
ごはん食べ て元気でて、亀の死骸を撮ってやろうと思いついた。ある人が、最近の人はみたくないものを撮らない。といっていたのを思い出したから。だが実際また亀の ところに戻ってみるとやはり、、みれたものじゃなかった。みたくないというよりこんなもの撮ってはいけない気がした。あまりにもグロすぎる。雨にふられ、 車につぶされ、夜の蛍光灯に照らし出される。なによりはみでた血肉がリアルすぎて、、、
映画時計仕掛けの〜やパッションとかみてらんない。
「目的がないことがおれの目的だ」ってそんな考え方すごすぎる。と 思った。

(坂本)

木曜日, 7月 12, 2007

亀が亡くなり、1年と3ヶ月経ちました。




北一硝子で金魚鉢に一目惚れ。
寸胴ぎみで牛乳瓶のおばけのようなところがアンバランスで良い。
金魚どころか何も飼っていないが、そんなことはおかまいなし。
さてさて、何を入れよう。何と暮らそう。
やっぱり金魚?
おたまじゃくしが合いそうだけどカエルまで育つと何か違う。
亀?めだか?
う〜ん。。。

そんなこんなで、おすすめペット募集中です。

(新井)

菊地容作「イキとコエの物語」について

ただいま開催している企画展「菊地容作 アンマンマリアン」の展示会場にて販売されている「イキとコエの物語」について、わたくし栗原が感じたことを文章としてまとめたものを紹介したいと思います。
少し長くなりますが読んでいただけるとありがたいです。


*菊地容作「イキとコエの物語」について

家の縁側に座って、庭に咲いている草花たちが風に揺られている姿をぼっ〜とながめていると、いつのまにか目を閉じている自分がそこにいたりする。

かえって目を閉じているほうが、庭に射す光の暖かみや、鳥の鳴き声、風のあつみを感じとりやすいし、遠くの山のなかを吹いている風が、いま自分の肌を撫でているという距離のあつみも感じさせてくれる。(全方位的感覚)

つまり、気持ちいい〜、静かにオレはいま世界とシンクロしてるよ、という感じである。

ん〜ありがたい!

でもなんで目を閉じてしまったんだろうか?

あ〜そうか、庭をながめているという単純な行為が、自動的に視覚に頼ることをやめさせてくれたんだ。

きっと、無意識にも世界と呼吸を合わせたいという思いから、みずからの行為(意識)に境界を区切ったのであって、それが目を閉じたということなのである。そうしなければ世界とシンクロできなかったのだろう。

みずからの行為(意識)に境界を区切る?

みずからの行為に境界を区切るということは、新たな自己を生み出すことと世界とシンクロするために、とても重要なことなのだ。
例えば、人は睡眠をとらないと死んでしまう生き物である。寝るという行為をすることで行為に境界を区切り、生きていく。それは、生きるという意味で新たな自己を生み出すことであり、世界とシンクロしていることでもある。

意識レヴェルの状態では、縁側に座って目を閉じるということで、行為(意識)に境界を区切ったからこそ、目を閉じる前とは違う自分に出会えたのであり、目を閉じなければ今までの自分がただそこにいただけだ。
もし意識レヴェルで、みずからの行為に境界を区切ることが日々行うことができれば、常に新たな自己が形成され、生きるうえでの手助けをしてくれるはずだ。

菊地容作の「イキとコエの物語」をはじめて読んだとき、この境界を区切って生まれる自己形成システムが頭に浮かんだ。
この物語の読み始め、なんかバラバラしていてつっかえつっかえで読みづらいという印象を抱いた。しかし、読み進めていくと、そのバラバラした言葉と言葉の間に世界の広がりを感じはじめたのである。
いっけんすらすらと読んでいかれる文は、物語の展開ばかりに偏っていて、意外と記憶に残らないものである。しかし、この物語は違っていた。

菊地は、言葉をつうじて自身の意識に境界を区切っていき、次々と新たな自己(世界)を生み出していっているのである。それは、子供がはじめて自転車に乗ることができたとき、ペダルをおもっいきりこぎながら、今まで見ていた世界とは違う世界が目の前でどんどん広がっていくような経験に近い。

私は、この「イキとコエの物語」が宮沢賢治にいう「すきとおったほんとうの食べ物」として読者の心に届くことをどんなに願うかわからない。

                        stump 栗原一成

(イッセイ)

水曜日, 7月 11, 2007

梅雨

それにしても梅雨ですね。
雨ですね。
最近は振ったり病んだりです。

梅雨って言って去年もブログ書いた気がする。
早いものであっと言う間にもう一年。
stump立ち上げてからもう二年。

いつもありがとうございます。皆さまのおかげです。

協賛者さまのブルーベリーも今年は実りまくっています。
近いうちにお手元に届くことでしょう。
お楽しみに。


そのうち夏もやってくる、気合い入れてこかな。

(村山)

東京

久しぶり、東京へ出た。
いつぶりかなーと記憶を辿ると、丁度一年ぶりだった。
その時は銀座のFUJIYAに行った気がする、賞味期限問題とかも、あかるみになる全然前だ。。
うーん。

今度はいつ東京に行けるかな。
(安永)

火曜日, 7月 10, 2007

保坂和志「羽生」


昨日の夜、保坂和志の「羽生」を読み終えた。

「羽生」とは、将棋の名人羽生善治のことで、

その羽生善治の思考の核に迫っていくのが、この本のテーマである。

あまりにも面白かったので、二箇所抜粋して紹介したいとおもう。

一番最初が保坂和志の語りで、二番目が羽生善治自身が語っていることである。
どちらも意識の上での運動性について語っている。

「音楽は一番伝わりやすい例だけれども、絵画でも詩でも小説でも映画でも、すぐれた芸術作品というのは、すべて作者の意図を越えて、その作品固有の運動・法則を持っている。作者の仕事とは、いわば、自分が作りつづけているその箇所が、当面出来上がっているところまでの運動を損ねることがないか、目をこらすことだ(しかし、それのわかっていない作家が現実にはとても多い)。「人生は短し。されど芸術は長し」という言葉があるけれど、そういうことではなくて、芸術というものは、すべて作者個人の意図を越えて、作品固有の運動性を持つものなのだから、完成するはるか以前、作りはじめてかなり早い時点から、作品は作者の手から離れている。」


「きれいな手は駒が笑うんですよ。全部がきれいに働くわけですから、本当にニッコリ笑ってくれるような感じです」


保坂和志は、作者の意図を越えた作品固有の運動性の重要性を説いていて、その良い例が羽生善治の「きれい手は駒がニッコリ笑う」なのである。
まったく同感である。

昔から、ずっとこの作者の意図を越えた作品固有の運動性について考えてきた。
絵を描く制作過程で、絵も自分も自然と笑みがわいてくるような、そんな過程を踏んでいけるように日々の生活を生きなければいけないのである。

(イッセイ)

月曜日, 7月 09, 2007

浴衣


きのうの日曜日、浴衣を着た女の子二人が菊地君の展覧会を観にきてくれました。

イヤ〜〜、癒され、癒され、癒されました。

都内のギャラリーだと浴衣を着たお客さんなんてあらわれないよな〜

鎌倉ならでは!って感じですね!

ということで、記念に写真を撮らせてもらいました。

(イッセイ)

木曜日, 7月 05, 2007

「菊地容作 アンマンマリアン」 オープニング




6月30日、雨が降りしきるなか大勢の方がGallery Stump Kamakuraに足を運んでいただき「菊地容作 アンマンマリアン」オープニングを無事終了することができました。心よりお礼申し上げます。

Gallery2階屋外ベランダで19時よりおこなわれたパフォーマンスも、薄暗い雨の降るなか、菊地容作の行為によってその場の風景がゆっくりと変容していく様を体験できたお客さまも多かったとおもいます。

会期中は、菊地容作が書き下ろした童話「イキとコエの物語」に沿ったインスタレーションが展開されています。
また、クロージングは7月15日になります。オープニングと同様19時よりパフォーマンスライブをおこないます。
皆さまお誘いあわせの上、是非Gallery Stump Kamakuraにお越し下さい。
お待ちしております。

(イッセイ)

水曜日, 7月 04, 2007

けものと歩くにんげん

犬がいるといい。外に連れ出してくれるから。朝の源氏山はぴかぴかのみどり、山水、ひかり。犬とふたり歩いてると、朝出勤する見知らぬ人たちに遭遇する。宇宙人から見たら今わたしたちどんなふうに見えるかと想像しておかしくなったり。けものとけものをひもでつないで歩くにんげん。

うちのおばあちゃんはペットボトルをペットポトルって言う。なんかかわいー。ペットってなんでついてんのかな。ペットってなにがしたいんかな。にんげんはなにしたいのかね。


早起きしたらひさしぶりにごみ収集車の音聞いた。


(坂本)

日曜日, 7月 01, 2007

北海道へ

行ってきます。

(新井)