河田政樹展 By
今週の火曜日に友人の個展「河田政樹展 By」を銀座の藍画廊に観にいきました。
河田君は友人でもあり、昨年の夏ゲストととしてGallery Stump Kamakuraで個展をしてもらったアーティストでもあります。その昨年のGallery Stump Kamakuraでの個展以降、彼のブログをちょくちょく見せてもらっていると、今までの彼の制作に少し変化が・・・。ブログに絵の画像が紹介されはじめたんですよね。
昨年のGallery Stump Kamakuraの個展開催中におこなわれた河田君と堀浩哉さんのトークショウで、これから絵を描いていくかもしれないという予感めいたことを河田君は話していて、そうしたら実際にブログで彼の絵が紹介されはじめたのでちょっとびっくりというかかなり新鮮で、彼の作品の経緯を知らない人には何のことやらわからないかもしれないけど、河田君の今までの作品の経緯を知っているものとしてはやっぱりドキっとするんですよね。それは、彼が絵を描くことがすごく不自然で違和感からきているのではなくて、どちらかというと彼が絵を描いたらどんな絵を描くのだろうかという期待感からくるもので、それが今回藍画廊で実物の絵を観てしまったので数倍びっくりしてしまったのです。
そこまでびっくりしていると河田君は今まで絵を描いたことがなくて、絵を人前に発表したことがないかというとそんなことはなくて、2000年におこなわれたギャラリー手での個展「やどり木、句読点。」では、小説の文庫本からからページを一枚一枚切り離しそれを繋げて一枚の支持体をつくり、その上にドローイングしている作品もあるので、まったく彼の絵を観たことがないというわけではないのです。ただ今回の藍画廊の個展では、パネルか木枠に布が張られたキャンバスという形態をとったものに油彩で描かれた作品もあったのでたぶん彼にとっては初めての試みだったと思うし、僕自身も初めて観たので、やっと河田君の絵を観れた〜という感動が押し寄せてきたのでした。
それで河田君の絵にたいしての率直な感想を一言で述べると、「もしかしたらこれは絵画ではないかも」という気持ちが湧いてくるのです。もちろん河田君の絵はちゃんとした自立した絵画として観ることができるんだけど、床に置かれている鉢植えの植物(この鉢植えも河田君の作品)と等価値な存在として、また同居した存在として河田君の絵が存在しているのです。ふつうに考えれば絵画は人に見られることを前提にして創られたものだから我が主張することで存在していて、それにくらべて植物は人に見られることなんか前提にしていないからただそこに存在しているだけで、そういったまったく異なった性質として存在するもの同士が、河田君の絵の場合、植物と等価値なものとして存在しているように感じられるのです。不思議です。滅多にこういった体験はできません。河田君の絵を観てしまうと巷で観る絵のほとんどが自分自分がいっぱいでせり出してくる絵ばかりの気がしてきます。一応誤解されると困るので付け加えて言っておくと、河田君の絵の図柄が植物っぽいわけではありません。絵そのものの存在が植物の存在にとても近いものとして感じられるということです。
2月3日(土)で終わってしまいますがおすすめの展覧会です。興味のある方是非観に行ってみて下さい。
河田政樹展 By
藍画廊
http://homepage.mac.com/mfukuda2/
(イッセイ)
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