鎌倉漂着 近況報告
5月26日から始まる展覧会「真美鳥 GLAGRA 鎌倉漂着」の企画の一部として、真美鳥の岩永くんとGLAGRAの村田くんの三人で海へ行ってきた。
この展示は「漂着」が一つのキーワードになっていて、DMにも記載されている「全世界がぶち壊され粉々になり もはや何であったかもわからないその破片が 今この鎌倉の地に漂着いたしました」って長いサブタイトルがつく。
日常やスタイル、記憶や感覚までもが粉々でバラバラな破片となって浮かび漂う中、自身に取り込まれる情報を無感覚に編集する技術だけを身につけて流動されていく僕ら。でも、もし芸術が時代の中もまれ、個人を通して研ぎ澄まされ結晶化するものならば、それはまさしく漂着物そのものだ。
ってわけで、つべこべ言う前に嘘をつかない体を動かさねば、というわけで実際の漂着物を目の当たりにするために、とにかく鎌倉の海へと向かった。
ところが当日はあいにくの雨。でも雨が降るたんびに毎回あいにくなんて言ってもられない。風吹きすさぶ雨の中、コンビニで雨合羽(上下)を買い求め、手にはゴミ袋(半透明)をしっかり握り、人気もなくいつもより少しだだっ広い鎌倉の海へ突入していった。
もう雨だろうが、風だろうが、雨合羽さえあればへっちゃらだ。チャラへっちゃらだ。雨合羽を来て、ゴミ袋にせっせと漂着物を入れていく僕らは、さぞ熱心なボランティアに映ったようで、時折すれ違う人々からは「ご苦労様です」なんて暖かい言葉もかけられる。でもそんな言葉もむなしく、僕らはゴミなどには目もくれず、せっせと自分の目に映る「なんであったかもわからないその破片」を喜々として収集してきた。この漂着物も展示の一端として会場に設置される。
その後スタンプに戻り、村山、岩永、村田に加え、GLAGRAの横山くん、うちのメンバーの高松、内山を加えて鍋をつつきながらの座談会へ。座談会は漂着をテーマに話を進め、それぞれの立ち位置から見た個人の制作と他者との波打ち際、そこで生まれる漂着物としての作品のあり方について、延々と繰り広げられる馬鹿話も含みつつの充実した内容になった。この座談会の様子は展覧会当日に会場にて無料配布する予定。
村山
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