大駱駝艦@むさび

先週金曜日、武蔵野美術大学の2号館のある吹き抜けの空間で麿赤兒氏と大駱駝艦によるパフォーマンスがありました。
興味はあったものの、本当のプロ集団によるしっかりした公演を見るのははじめて。
興味はあったものの、本当のプロ集団によるしっかりした公演を見るのははじめて。
夜、あたりが暗くなりだした頃。
会場には観客で溢れ、吹き抜けの2階、3階から覗き込むように観客が広がっていました。
私も2階から、真下をのぞくようにみていました。
舞踏についての知識が全くなく、内容についてまとめることができないのですが。
真上から見ていたせいもあるんだと思います。
ダンサーの方々の動く体を見ているうち、ひとの体の動いている状況とステージが、まるで絵を描いている時と同じような気がして、ただただ集中してみていました。
痩せ、目を見開き、緊張しこわばった肉体と、その中でも自然な日常の人間の動きの再構築といった印象の、どこか柔らかな動きの肉体がありました。
そのいずれもまばたきをすることがほぼなく。
まるでどこか宇宙の先のほうで行われている行動を遠隔操作しているみたいな、私だけがその世界で起きていることを何もわかっていないような。
そしてたまにまばたきをしているダンサーの方が目に入ると、その人が急にこちらの世界への窓を一瞬だけ開けたような気がしていました。
まぶたが頭の中の宇宙と現実とを遮断したり、あるいはつなぐための窓となったりしているように思えてきて、つながるときはまばたきをするほんの一瞬の出来事のようで。
不思議な感覚でした。
また集団の踊りを見ているうちに、ある秩序があってそれが次第に混沌としてきて、さらにその中でまた整理されはじめ、混沌とした整然の中におさまり、それがちらばってはまたその中であるひとつの相を成す、この一連の動きが、なんだか世界の様々な現象の全てに当てはまるように思えていました。
囲まれる麿氏。
ダンサーの方々がステージから去られたあと、真っ黒なステージの上には文字通りのたうちまわった跡が残っていました。
装置やダンサー、白い粉の痕跡、なにもかもがなんだか絵画だなぁと思いました。
異次元に飛ばされ、コネクトできない不安にかられ、それでも受け止められているような、本当におかしくリアルな体験でした。
(むらおか)

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