こちらとあちら
先月、祖父が92才で亡くなった。
ガンや腎不全や脳梗塞や痴呆から奇跡的に回復して先日に至ったわ
けだが、病歴とは裏腹にその日の朝まで相変わらずの憎まれ口を叩い
ていたらしい。他人とのコミュニケーションは彼が憎まれっ子であ
る事を除いては最後まで感度は良好だったし健康であった。
痴呆が回復した時は驚きの一言だった。
あまり人の死や亡骸を目の当たりにすることに慣れてないせいなの
か、彼の何度も死地から甦る超人的な姿と先日のあまりにも呆気な
い突然の死を迎えた亡骸が同一人物の情報として結びつけられない
でいた。
故人も生前よく口にしていたが僕も「死なない人」とうっかり決
めこんでいたというのが本音である。
今思えばこれはかなり異常な話である。大正生まれで92才にな
った彼の歳相応の不健康な状態や死というものは実は正常の範疇
にある。
魂の入ってない亡骸に触れる事つまり体温のない事を確認する事
をするしか出来ない残された人々は
彼がむしろ健康であったことや生命が存在している事の方が異常で
あるし奇跡的であるという事を認識するのだろう。
やっぱり人はいつか死ぬんだね。
一転、先日高校時代のサッカー部の友人の結婚式に出席する。10
代の頃の悪友達と久しぶりに顔を会わせる。
今更ながら、懐かしい言い回しや、「湘南弁」という口の悪さが飛
び交う。
基本的に私も例外ではないが恥ずかしがりやで、言葉が汚い。
今までにない、ドンチャン騒ぎの結婚式だったが、
これもまた幸せの形の一つであろう。
不幸と幸せが一挙にやってきたが
今年もいくつか展覧会の展示の予定がある。
そんな機会を作ってくれた人たちに感謝しつつ
今日もアトリエで、
あーでもない こーでもないとやり続けるのです。
(内山)
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